「星空チャンネル」2010年クリスマス特別編
PLANET DESIRE
Part 2.5 サイレントナイト
風が鳴っていた。
煤けた空には、乾いた砂と取り残された者達の恨みと想念が渦巻いている。
だが、彼は少しも気にならなかった。
今、怪物は独りではなかった。
わかり合える友がいた。
しかも、それは人間の少女なのだ。
怪物は、彼女のことを愛しいと思った。
その彼女が自分のことを認めてくれた。
――たとえ、あなたが怪物だって構わない。
シーザーはシーザーなんですもの
岩山の上に腰掛けていた怪物は空を見た。
遠く霞む壁の向こうには人間の住む村がある。
が、そこで見たどんな女よりも……。
他のどんな人間より……。
怪物は、ふと何かを思いついて立ち上がった。
そうだ。
村だ。
あそこには大勢の人間がいる。
そこは、彼ら怪物達にとって餌の宝庫だった。
だが、そこへ入るためには危険も犯さなければならない。
高い壁や高圧電流が流されている鉄線を越え、
銃や弓矢を持った警備兵を倒さなければならない。
怪物といっても不死身ではない。
冒険をするものは少なかった。
大人しく壁のこちら側で少ない餌を奪い合いながら、細々と生きる方が楽に決まっている。
だが、シーザーは決意した。
餌のためではない。
村に行けば、人間にとって必要な物がたくさんある。
つまり、それらを取ってくれば、ミアが喜んでくれる。
そう考えて、シーザーは岩山を駆け下りて行った。
そして、怪物は遂に壁を砕いた。
コンクリートの巨大な塊を何度も打ちつけるうちに、分厚い壁も遂に砕けた。
それから、彼は鋭く尖った石で鉄線を切った。
鉄線から熱い火花が散ったが、シーザーは気にしなかった。
異常を聞きつけて人間達が駆けつけて来たが、どんな武器もシーザーには効果がない。
あっと言う間に蹴散らして、シーザーは村へ入った。
怪物の姿を見ると、人間達は皆、悲鳴を上げて逃げ惑った。
が、シーザーはそんな人間達などには目もくれず、先程まで女達が見ていた店先のワゴンに目を留めた。その中からキラキラした物を鷲掴みにすると、もの凄いスピードで壁の向こうへと帰って行った。
「一体、あれは何だったんだ?」
人々は怪訝に思ったが、自分達に被害が出なかった事を喜ぶ事で精一杯だった。
「ミア……」
怪物が隠れ家に戻って来ると、ミアはいつものように剣の稽古をしていた。
そのミアが振り向いて言う。
「シーザー、どこへ行ってたの?」
「これ……」
怪物が手にしていた物を差し出した。
ミアが怪訝な顔で受け取る。
それから、丁寧に触ると言った。
「まあ、これは……。リースだわ。
可愛いベルやリボンや星の飾りが付いてる。
きっとこれはクリスマスリースなのね」
「クリ…ス……?」
怪物が首を傾げる。
「ふふ。クリスマスよ」
ミアが繰り返す。
「クリス……」
怪物が小声で言った。
ミアはスッと目を細めて言った。
「もう、そんな季節だったのね」
砂漠にはほとんど季節がなかった。
一年中砂の舞う単調な時……。
生きる事に一生懸命で心が荒廃して行く事にさえ気がつかない……。
砂漠には恐ろしい魔女が住んでいるのかもしれない……。
「今が本当は何日なのかはわからないけど、今日は、二人でクリスマスのお祝いをしましょうか?」
「クリス……お祝…い……?」
「実はね、さっき、瓦礫の中でこれを見つけたの」
と言ってミアが何かを差し出した。
「な…に……?」
「さあ? 何なのかはわからないけど、きっとキイホルダーなんじゃないかしら?
もう鳴らなくなってるけど、小さな鈴が付いてるの。
それに、ロボットみたいなお人形……。
よかったら、あなたにあげる」
怪物は、それを受け取るとしげしげと見た。
赤い塗装が微妙に禿げかけて、あちこち傷になっている。
が、それは何となく憎めない顔をしていたので怪物は大いに気に入った。
シーザーはそれを指で吊るして爪の先で突いたり、弾いたりして、
その動きの滑稽さに少しだけ顔の筋肉をひくつかせた。
「メリークリスマス!」
と言って、彼女は森で摘んで来た花を渡した。
「メ…ミ……クリス……?」
怪物は上手く言えずに花とキーホルダーの人形を持ったまま、じっとミアを見つめていた。
「ありがとう。シーザー。
最高のクリスマスプレゼントよ」
ミアがクリスマスリースを持ってうれしそうに笑う。
「ミア……」
怪物もそれを見て、とてもうれしくなった。
彼女が喜んでくれた。
それが、怪物にとっては、何よりのクリスマスプレゼントだった。
その夜。
珍しく嵐が止んで、星空が見えた。
静かな夜。
シーザーは初めてミアの隣で眠った。